時々思い立った様にその日の出来事や興味の範疇なんぞを書きつづっとる。 気紛れに立ち寄ったなら、そのついでにコメントも宜しゅう。
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2/7 N’sあおいと1リットルの涙。
2006年02月08日(水) 17:26
(看護師じゃし)一応もう成人しとるはずなンじゃが、一人暮らししとって全財産15円ってなどんなモンかのォあおいサン。
…まァ、拙者も昔は似た様なモンじゃったか。印刷代払うた後にゃ、財布ン中に30円とかしか残らなんだし。とは言え、親のスネかじっとった分、手持ちの銭は尽きても餓死る心配だけは無かったわな。
…さておき。
近年の何やかんやもあって、生涯に於ける手術回数が齢28にして(概算で)20回を超えた拙者じゃが、決して自ら図らずしも幼少のみぎりより病院と縁が深い事もあってか、「1リットルの涙」(前クール)と言い「N’sあおい」(今クール)と言い、病院系のドラマにゃどうも妙な親近感(…と言うンか?)が湧くのォ。
まァ、「はともかく「あおい」のBOXにゃさすがに手ェ出さんとは思うが…。
それはそうと、あおい殿。今回の、ペースメーカー入れた婆ちゃん(名前ど忘れた)が医者側の情報伝達不足でMRI受けてしもうた後の場面なんじゃが。
…あんなん、間違うても一人にしとっちゃいかんて。いや、例え一瞬でもな。
拙者も数年前某K病院に入院しとった折りにゃ、真夜中に夢遊病の様に起き出してしばしうろついた挙句、廊下のど真ン中にブッ倒れとった事がある(同僚の看護師曰く【エキゾチック】S看護師による後日談)らしい故のォ。俗に言う「意識喪失状態」と言う奴か?
(何より今拙者がこれを書いとるし)幸いその折りは大事にゃ至らなんだらしいが、0.1トンに及ぶ拙者の巨体を再びベッドに戻すのにゃ当直の看護師総出で気張ったそうじゃ。お疲れさん。
…ちとそれてしもうたが話を戻そうか。
あの場合、「ここで待ってて下さい」では無うて、ゆっくりででも構わんから手ェ引いて一緒に先生ン所迄連れて行かにゃ。拙者専門用語なんぞ詳しゅうは知らんが、意識レベルがあの状態の人間(加えて老人じゃしな)から「目を離す事」がどれ程危険かは、主も今回身を以て知ったじゃろ?結果、寒空ン中チャリで走り回った上服も汚れたし。
ましてや今回の婆ちゃんの場合、よりにもよって体内の機械が司る部位が「心臓」じゃからのォ。作中でも言うとったが、最悪死にすら至りかねん。
まァ、こんな(実際にカルテの不行き届き等で事故が起こった)話は現実にもゴロゴロ転がっとるンじゃろうがな。
用心&精進すれヨ。あおい殿。

追記「1リットルの涙」

…つか、本来なら追記では無く一日のタイトルにする位の勢いなンじゃが、年末年始何かと忙しゅうしとる内に機を逃してしもうた故追記とする。
このドラマは、何つか初回から既に見とられなんだ。主人公亜也の身に次々に現れる凶病の兆候・どこにでも転がっとる様なただの病気では無く「脊髄小脳変性症」と診断された彼女に突きつけられた「治療法無し」と言う現実・そして、訪れた先の病院で彼女が目にした、明らかに将来の彼女自身の姿を暗示した描写-。
回を追う毎に、彼女の症状は深刻になって行く。
そしてEDでは、K氏が唄う「Only Human」の何とも切ない詞に乗せて、実際の彼女の写真が流れる。
柄にも無く、久々にドラマで泣いたわ。
まァ何より(幾らドラマとして脚色部分が加えられとるとは言え)実話を元にしとる以上、最終的に彼女は亡くなってしまう訳じゃしな。
そんな、半ば「結末の見えた話」を(都合で幾らか途中落ちしたとは言うても)最後迄見る事が出来たのは、何つか「応援」したかった(語弊…つか、主語は見つからんが)ンじゃろな。今思うに。
しかし(認定を受けたのが20年以上前の話じゃし、正直拙者詳しゅうは知らなんだンじゃが)、日本の障害者等級認定制度も微妙なモンじゃのォ。拙者確かに左手は動かんが、それで2級じゃぞ。
手帳に「障害の程度が変わった時は~」ってな表記がある辺りを見るに「その都度再判定するので要申告」って話なンかも知れんが、とうの昔に状態が確定しとる拙者などと違うて件の様に「進行性」の病気の場合は、むしろ最初から1級でもええと思うンじゃがのォ。
無論、気持ち的にゃ「S級」とか言いたい所なンじゃが、残念ながらそんな等級は無いしな。
じゃが、この「脊髄小脳変性症」は、身体が呈する進行性の異常に対して思考の方は通常のままと来るらしい故のォ。そんな状態は拙者もこれ迄の人生に於いて幾度か経験した事があるが、実際「己が身体が己の思い通りにならん」と言うのは幾ら歯噛みしても足りん程やり切れんよ。
そんなものは正に、「悪魔の病」と言うても過言では無いわ。
拙者の左手などは物心ついた折りより動かなんだ(少なくとも手として使うとった頃の記憶は無い)故まだそれ程でも無いが、「昨日迄は出来たはずの何気無い動作が徐々に出来ん様になって行く」と言うのは最早拷問にすら等しい。
割りと忘れがちじゃが、「当たり前に過ごせる毎日」なんてのは実の所この上無く幸せな事じゃったりもするンよのォ。
…そりゃ、辛かったろう。苦しかったろう。その苦悩は、拙者如きにゃとても計り知れん。
「どうして病気は私を選んだの?」
「私は何の為に生きているの?」
…か。確かに、そう思うてしまうよな。
じゃが、彼女の歩いた後には確かに「道」が出来た。きっとそれは、少なくとも彼女を知る多くの人々にとっての「礎」であり「灯火」なんじゃろう。
こんな事を書くと綺麗事の様じゃが、それは「生きる意味」としても「生きた証」としても充分なものじゃったと拙者は思う。
ご冥福を切にお祈り致す。そして願わくば、やがて来たる彼女の新たな「生」に幸深き事を。
…合掌。
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